正直に言うと、おしゃれを語ることは苦手です(笑)。
一般的な和装のイメージは…洋服のおしゃれとは、ちょっと違う気がします。
(オシャレに和も洋もないハズですが)そもそも、おしゃれとは何でしょうね?
モデルの藤原○香さんは「おしゃれは我慢」といいました。
これを聞くと「なるほど、和服も似てるかも」と思います。
和装は手間がかかって、いろいろな制約に我慢も必要。
もちろんファッションには、自由な自己主張や個性の発揮もあると思います。
芸術的なチャレンジは憧れではあるけれど、和装は
どちらかと言うと、身だしなみや礼儀といった「気配りや周囲への配慮」という
意味合いで着ることのほうが多いのではないでしょうか。
洗練されていて完成したスタイルは、ある意味我慢することも伴います。
(残念ですが普段着のオシャレな和服って少数派になってしまいそう。)
洋装も和装も、きっとオシャレには努力が必要で、
だらしない格好はNGという意味合いでしょう。
ですから、和装であるからといって全てオシャレ、でもないと思います。
洋装に比べれば間違いなく和装は不便。普段は私も洋服です。(言い訳じみていますが)
一般的な現代生活で、民族衣装を毎日着られないのは自然なこと。
(母のように)毎日着物となると、生活習慣から意識を変えなくては身に付かないと思います。
ところで、「シャネル」ブランドの考え方は逆なんです。
女性の解放を革新的ファッションにした話をきくと、
コルセットからの解放は、精神的、社会的な女性の進出を後押ししました。
これは「我慢しないこと」と言い換えられるかも
知れません。制約と解放、我慢と自由の関係、奥が深いです!
話が広くなりましたが、 和装のもつ魅力には「洗練されたスタイル」と「立ち居振る舞い」もあります。 そんな効果がある着物は やっぱり「おしゃれ」な衣服だと思うんです。制約や動きにくさから生まれた所作、立ち居ふるまい、 我慢や不便のうえに?成り立つ美しさもオシャレかも。(男性目線でしたらすみません。)
サッカー日本代表の長谷部選手は著書にこう書いています。 「外見は自分だけのものではない。…髪型に正解はないし、みんな一緒じゃつまらない。 ただ、僕はとても不器用だ。サッカーと関係ない装飾によって余計な自意識が芽生えてしまい、 心が寄り道してしまう気がするのだ。」
いろいろな考え方がありますが、 自分の内から自然と沸き起こる信念や情熱。美しい考え方そのものが「おしゃれ」なんだと思います!